2024年に女性最速の自転車世界一周を成し遂げたウルトラエンデュランスレーサー、レイル・ウィルコックス。今年は男女を問わない世界一周の絶対記録に挑みましたが、ヨーロッパを襲った記録的な熱波で重度の熱疲労に陥り、挑戦の中断を決断しました。その決断の背景や得た教訓、そして自転車にかける情熱について話を聞きました。
ゴールラインで終わるライドもあれば、ずっと心に残り続けるライドもあります。
2024年に女性として最速の自転車世界一周を達成したQuad Lockアスリートで、ウルトラエンデュランス自転車レーサーのレイル・ウィルコックス。彼女は今年、さらに大きな目標を掲げて戻ってきました。それは、自転車による世界一周のギネス世界記録(男女総合の絶対記録)への挑戦です。数か月に及ぶ準備と専属サポートクルーを必要とし、毎日400km近くを走り続けるという過酷なライドでした。
しかし、ときに最大の敵は距離ではなく、自然の条件です。ヨーロッパを襲った猛烈な熱波と2週間にわたって戦った末、レイルは重度の熱疲労に見舞われ、挑戦を終えるという苦渋の決断を下しました。望んでいた結果ではありませんでしたが、このライドは「耐久とはただ限界まで押し続けることではなく、自分の身体の声に耳を傾けることでもある」とあらためて教えてくれるものになりました。
今回の挑戦を振り返りながら、この経験から得た教訓、次の冒険に生かしたいこと、そして可能性の限界に挑み続ける原動力について、レイルに話を聞きました。
2024年の記録達成の旅(110日間で約29,000km)については、Quad Lockの過去記事「Cycling 18,000 Miles in 110 Days: Lael Wilcox's Journey to Break the World Record」でも紹介しています。
最初の2週間で、いちばん誇りに思っていること
Q. 持久系スポーツの中でも最も過酷とされる自転車記録のひとつに挑みました。いま振り返って、最初の2週間でいちばん誇りに思っていることは何ですか?
注いだ努力のすべてを誇りに思っています。それは私ひとりではなく、チーム全員の努力です。14日のうち12日が向かい風で、激しい雨にも見舞われました。カナダはとても寒く、ヨーロッパに入ると今度は80年ぶりという最大級の熱波。ヨーロッパにいた6日間は気温が40℃台でした。それでもすべてに立ち向かい、挑み続けました。本当に全力を尽くしましたし、記録ペースにも乗っていたんです。でも、気温が下がる見込みはまったくありませんでした。北アフリカから張り出したヒートドームの中にいて、それが私と同じペース、同じ距離で毎日ついてくる。逃げ場がなく、熱疲労になってしまいました。嘔吐もして本当につらかったですが、自分のメンタリティと、チームが問題を解決しながら前に進もうとしてくれたことを誇りに思っています。
「またひとつ、気候変動から学んだ」と語る理由
Q. 今回の挑戦は、これまでのライドで経験してきたことと比べてどうでしたか?
この10年、バイクパッキングで極端な気象に遭遇することがどんどん増えています。よく経験するのが、カナダからメキシコまでロッキー山脈を約4,500km走る「Tour Divide」というレースです。ここ5年はほとんど毎年山火事が起きていて、ルートの迂回が必要になったり、煙で空気がひどく汚れたりしました。私はかなり重い喘息があるので、これは本当に厳しい問題です。誰にとっても健康に良くないと思いますが、私の場合は走り切れなくなってしまいます。ほかに具体的な例はすぐ思い浮かびませんが、今回は大きな出来事でした。カナダでの激しい雨と風、そしてヨーロッパでの酷暑。それがわずか2週間のうちに起きたんです。正直、ライドの山場は中盤のオーストラリアだと思っていたのに、ずっと早い段階で厳しくなってしまいました。
大きな冒険に向けてトレーニングするライダーへ伝えたい教訓
Q. 初めてのセンチュリーライド(約160km)を目指す人から大冒険を計画している人まで、あなたの旅に刺激を受けたライダーに、今回の挑戦から何をいちばん持ち帰ってほしいですか?
私たちはみんな、計画を修正しながら何ができるかを見極め、挑戦しつつも柔軟でいることが必要になっていくと思います。そして、自分自身にもう少し優しくあること。こうした挑戦に乗り出すと、それを達成できるかどうかが自分のアイデンティティの一部になってしまうことがあります。でも、自分ではどうにもできないこともある。どうしても無理なときもあるし、健康のためにより良い選択をすべきだとわかるときもあります。だからこそ、「大変なことは大変。でも大変なことを楽しむことはできるし、一方で健康を損なうことには限度がある」ということに気づいてもらえたらうれしいです。それに、単純に楽しくないなら、無理に押し通す意味はありません。仕事の休みは数週間しか取れないことが多いし、人生で好きなことに打ち込める自由な時間はそう何度もありません。だからこそ、その道のりを楽しんでほしいんです。
レイル・ウィルコックスがウルトラエンデュランスに挑み続ける理由
Q. Tour Divide、Trans Am、Baja Divide、そして世界一周と、ウルトラエンデュランスの限界に挑み続けてきました。これほど現実的なリスクがあっても、限界への挑戦に引き戻されるのはなぜですか?
こういうことが大好きなんです。旅から始まり、やがてレースへと、この20年ほど自転車に乗り続けてきましたが、どんどん好きになっています。ただ気づいたのは、予定を詰め込みすぎると疲れ切ってしまうということ。もっと休みを取ること、プレッシャーのない楽しみをもっと取り入れることが必要だと学んでいるところです。それでも、こうした大きな挑戦に出るのは大好きです。短期間でたくさんのことを学べるから。いろいろな国のこと、人々のこと、そして自分自身のこと。そうしたつながりをつくるのが大好きなんです。この先も身体がこういう挑戦に耐えられるか見ていくつもりですし、もし難しければ形を変えて続けると思います。家でしっかり休んで、もう少しバランスを取りながら。

世界一周挑戦中の「1日16時間ライド」の中身
Q. 1日16時間走る日は、スタートからゴールまでどのように過ごしているのですか?
出発地も到着地も毎日違うので、1日として同じ日はありません。ただ基本的には、ペースをできるだけ一定に保ち、しっかり補給することを心がけていました。そして道中では、一緒に走りたい人なら誰でも参加できるように呼びかけていたんです。だから毎日、誰が来てくれるかわかりませんでした。それがとても楽しかった。初日はシカゴを朝4時にスタートしたのですが、早朝だし、ほかの日に来てもらってもいいと伝えていたので、誰も来ないだろうと思っていました。ところが100人もの人が集まって、街の外まで一緒に送り出してくれたんです。さらに約160km先のミルウォーキーを通過したときも同じで、本当に感動しました。自転車文化は大都市に根づいていることが多いのですが、私は静かな田舎道を走るのが好きです。それでも、こうして人とつながり、道中の景色を一緒に見られるのは素晴らしいことです。旅はいつも競争である必要はありません。70代の両親や叔母、叔父たちと一緒に走るのも大好きです。自然を目の当たりにしながらおしゃべりをして、みんなお腹が空いたら食べる場所を探し、疲れたら寝る場所を探す。自分を追い込みつつ、とてもシンプルな暮らしをしながら進んでいくのは楽しいものです。本当にぜいたくな時間ですね。
何千kmものナビゲーションを支えるQuad Lock Mountの使い方
Q. スマートフォンは何千kmにもわたって自転車にマウントされています。こうしたライドで、ナビゲーションや常につながっていられることはどんな役割を果たしていますか?
とても良い質問ですね。Quad Lock Mountは本当に優秀です。周辺で必要なものを探すのに役立っていて、食事ができる場所や小さな商店を検索したり、次の目的地へのフライトをいつ取れるか調べたりしています。走りながらロジスティクスを処理できて、安全も確保できる。メインのナビゲーションにはWahooのサイクルコンピューターを使っていますが、パーツなどを手に入れるために自転車店へ寄り道することがしょっちゅうあるんです。もうひとついいのは、家族とつながっていられること。家族から電話がかかってきても出られるし、自分からかけることもできる。そこにスマートフォンがあるのは本当にありがたいです。背中のポケットに手を伸ばす必要もないし、スマートフォンが汗まみれになることもない。行きたい場所まで安全にたどり着けます。

記録挑戦を終えたあとのリカバリー
Q. 多くのアスリートなら休養を取るところですが、あなたは中断からわずか3週間後にPan Celtic Ultraのスタートラインに立っていました。あなたにとってリカバリーとはどんなものですか?
実はそれが面白いところで、Pan Celticに出たのは中断から2週間後だったと思います。ウェールズをスタートしてフェリーでアイルランドへ渡り、アイルランドを一周してまたフェリーでウェールズに戻る、約2,250kmのレースです。世界一周を途中でやめるつもりはまったくなかったので、体力はしっかりついていました。ペース配分もうまくできていたので、完全に疲れ切っていたわけではなかったんです。単に体がオーバーヒートしていて、熱が体の中にこもっている感じでした。だから「アイルランドなら雨が多いし、ちょうどいい。自転車に乗って楽しもう」と思ったんです。実際とても素晴らしかったのですが、なんとアイルランドでは40年ぶりの熱波が起きて、約3週間、毎日35℃くらいありました。「冗談でしょう、どこに行っても暑いじゃない」と思いましたよ。私がヨーロッパに着いた6月中旬から今の8月まで、ヨーロッパ全体がほぼずっと熱波に見舞われていて、例年よりはるかに暑いんです。それでも、ただじっとしているのは嫌で、何かをしたかった。だからPan Celticに出場したのですが、それが最高の決断でした。妻のルーが写真と動画を撮ってくれて、ふたりとも初めてのアイルランドを一緒に見て回ることができました。大会の主催者は本当に素晴らしい方で、私たちを自宅に迎え入れてくれましたし、たくさんの新しい人たちと出会い、とても美しい土地を見ることができました。心から大切にしていた挑戦を諦めなければならなかったあとだったので、本当に素敵な経験になりました。それ以来、競技には出ていません。Tour de France FemmesのZwiftイベントに女子選手の応援に行ったり、スペインで皆既日食を見たりして、もうすぐ家に帰ります。思い描いていた夏ではなかったけれど、本当に素晴らしい夏でした。物事がうまくいかないこともある。そんなときは、その中で最善を尽くすしかないんです。
原文: Quad Lock(英語) より日本語化して掲載